| 国立循環器病センターの小野安生先生の外来を受診するため、両親で大阪に向かう。
小野先生に、光の現状を伝え、病気についてのいろいろな質問、移植への道のりを教えて頂きました。
先生は、とてもやさしい方で、些細な質問も丁寧にわかりやすく答えてくれました。
この時、私たち夫婦の意見は分かれていました。
主人は、光ががんばって生きようとしている以上、移植の道へ進み、親として出来るだけの努力をしてあげようと。
私は、毎日24時間光と過ごしていく中で、治療を続けて苦しむ姿を見続けていたため、もう、これ以上痛い苦しい思いをして、つらい思いをさせたくないと…。そして、息を引き取る時は、みんなに見守られて、私の腕の中でやすらかに見送ってあげたいと…。
しかし、その考えが変わる日は、そう遠くありませんでした。
9月に入って、病状はあきらかに悪化していきました。左胸が心臓に圧迫されて盛り上がってきました。今まで、いろいろな事がありましたが、私は頭のどこかで、光が「特発性拡張型心筋症」である事を否定していました。しかし、親の私があろう事か、「このまま光は死んでしまう」と直感する時が来てしまいました。
茶堂先生に、「このまま光は1ヶ月、いや1週間生きる事が出来ますか?」と聞いていました。
これまでの、茶堂先生は、この病気はいつ悪くなるか、落ちて行くのか見極めがかなり難しいと返答だったのですが、「今のままではもたない。あまり期待は出来ない」と、はっきり初めて言われました。
それ程、悪くなってしまっていたのです。
このままでは、光は楽に死んで行く事も出来ない。苦しんで苦しんで苦しんで…なぜ、1年しかいきていない、純粋無垢な子がこんな思いをしなければならないんだろう。私が変わりに苦しんでやる事も当然出来ない。くやしい…。
茶堂先生に、「移植の道に進みたいと思いますのでよろしくお願いします」と言葉が出ていました。
それから、転院に向けて準備が始まりました。
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